太宰治『狂言の神』を読み返してみて思ったこと

太宰治の作品は、高校時代にちくま文庫の全集を通じて一通り読んでいました。

しかし、その当時は理解力もまだ浅く、憶えている作品も、『人間失格』『走れメロス』など誰もが知ってるような作品や、犬嫌いな主人公が一匹の野良犬になつかれてしまって飼うことになったという短編の『畜犬談』といったような、自分自身が犬嫌いだったことから共感したといったような、自分を投影しやすいような作品しかありませんでした。

社会人になって、ふと太宰治作品の文庫本を手に取ってパラパラめくってみたとき、すごく面白くてトリッキーで、しゃべくり漫談みたいだなと思うようになりました。

学生時代は「自分のことを言われているような気がする」といったことしか思えなかったのですが、今になってみると、作品によっては改行・句読点が少ないものもあったするのになんて読みやすい文章なんだろう、それでいて内容も的確で、ちゃんと結末に向かっていくように収められている、太宰治ってすごい作家なんだなと、改めて思うようになりました。

タイトルに挙げた作品は「前期前衛作品群」として分類されているもので、太宰治が精神病院に入院していた頃に書かれた作品の一つです。

このころの作品は従来の文法や起承転結を度外視したようなものが多く、今読んでも理解できる部分はわずかではあります。

それでもタイトルの作品の結末の「なあんだ」という言葉にあるように、どこか皮肉やおかしみ(作品およびその登場人物なのか、太宰自身なのか、世に対してなのかはわからない)が垣間見えるような部分を見つけると、太宰は本当に日本文学史上屈指のエンターテイナーだなと思ってしまいます。